2012年06月10日
日本人としてのアイデンティティー?
先日、母校の大学で「今後の日本の英語教育ー「国際語としての英語力向上のための5つの提言」が目指すもの」という内容の講義を聞く機会があった。その中で政府の「グローバル人材育成推進会議の中間まとめ」のなかに「グローバル人材」の概念要素のひとつとして、「異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー」という項目があった。
この中の「日本人としてのアイデンティティー」という言葉にふと疑問を持った。
米・独に15年暮らして日本に帰国した今、日本の文化を異文化ととらえている自分がいる。そして今までの海外生活から身につけた価値観を完全に捨てて日本の文化に同化するのではなく異文化から学んだことをよい形でうまく生かしていこうと思っている。日本に帰国が決まったとき、英・独・仏語を話すベルギー人女性から、「日本に帰っても自分を変える(change)のではなく適応(adjust)すればよい」と言われた。この言葉を聞いて、ほっとした。長い間、日本を離れて海外で暮らし、日本でうまくやっていけるのか、不安があったからだ。今は日本を異文化としてとらえると気が楽になる。私の中では日本と外国の違いを認識して、それをよい形で生かしていくという気持ちが強く、あまり「日本人としてのアイデンティティー」を意識して生活していない。
同じ日本人でも様々な価値観や考え方を持った人がいる。あまりこの「日本人としてのアイデンティティー」を強く意識せず、もっと異文化と自国の文化の違いを客観的にとらえ、よい形で両方を共存させていく柔軟な生き方でもよいのではないだろうか?
この中の「日本人としてのアイデンティティー」という言葉にふと疑問を持った。
米・独に15年暮らして日本に帰国した今、日本の文化を異文化ととらえている自分がいる。そして今までの海外生活から身につけた価値観を完全に捨てて日本の文化に同化するのではなく異文化から学んだことをよい形でうまく生かしていこうと思っている。日本に帰国が決まったとき、英・独・仏語を話すベルギー人女性から、「日本に帰っても自分を変える(change)のではなく適応(adjust)すればよい」と言われた。この言葉を聞いて、ほっとした。長い間、日本を離れて海外で暮らし、日本でうまくやっていけるのか、不安があったからだ。今は日本を異文化としてとらえると気が楽になる。私の中では日本と外国の違いを認識して、それをよい形で生かしていくという気持ちが強く、あまり「日本人としてのアイデンティティー」を意識して生活していない。
同じ日本人でも様々な価値観や考え方を持った人がいる。あまりこの「日本人としてのアイデンティティー」を強く意識せず、もっと異文化と自国の文化の違いを客観的にとらえ、よい形で両方を共存させていく柔軟な生き方でもよいのではないだろうか?
Posted by ゆっこ at 23:37│Comments(0)
│英語教育