たまりば

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2011年09月27日

ジャズと外国語学習の共通点

今日のジャズボーカルレッスンでは"Softly As in A Morning Sunrise"を歌った。これは、恋の歌なのだが、とにかく歌詞がすごい!!
 For the passions that thrill love
And lift you high to heaven,
Are the passions that kill love
And let you fall to hell!
So ends each story.
 
 熱烈な恋にわくわくして
 あなたは天国への高みに吊り上げられる
 恋の終焉には、あなたを地獄に落とす
 いつも恋物語はそうやって終わるの

さあこの歌をどのように歌うか?自分なりに歌ってみたが・・・・
先生に「あなたにとってこの歌は何色ですか?」と聞かれ、一瞬考えてしまった。私にとっては、歌詞の"....let you fall to hell!"の部分がかなり衝撃的で、しいて言えば、「赤と黒」と思った。そして大事なことは、その歌のイメージをふくらますことと教えられた。持つイメージは人によって違い、それにより自分独自のカラーを持ったオリジナルの歌が出来上がるとのこと。
今まで、私は、歌詞を理解して歌っていたつもりだったが、このイメージを持つことをあまり意識していなかった。そして、次にイメージを膨らまして歌ってみたら、先生のコメントは「ばっちり!」だった。

このことは、外国語の学習でもいえることだ。何かの表現を習ったら、その場面、状況をイメージすることがとても大事になってくる。今、毎晩聞いているラジオ英会話は、同じダイアログを違う場面設定にしてアドリブされる。全く同じダイアログでも違う状況だと声の調子、イントネーション、早さなど全く違ったものになる。そしてその場面をイメージしながら聞くとすーっと耳に入ってくる。

歌も語学学習も同じ。「イメージを持つこと」を心がけよう!!  


  • Posted by ゆっこ at 22:56Comments(2)

    2011年09月23日

    学校祭が教えてくれたこと!

    昨日から子供の高校の学校祭のお手伝いで大忙し。今年は、父母の学級委員を引き受けているので、学校祭のお手伝いをしています。昨日は朝9時から6時まで喫茶、会場の準備。そして今日は、朝8時30分から5時半まで中休憩1時間半を挟んで食料品販売部門でフルにお仕事。仕入れたおにぎりも無事に完売!!
    よく働きました。久しぶりかな。こんなに働いたのは。
    今回の学校祭で、一人一人の力は小さくてもみんなが集まるととてつもない大きな力になることを実感!
    しかも様々な見方・考え方をする個性的な人たちが集まるほど素晴らしいものができる気がします。
    お互いに意見を出し合い、共感、共有したり、時にはぶつかりあったり・・・
    久しぶりに最高の充実感を味わっています。
    ありがとう、学校祭!
    明日ももう1日、おにぎり完売にむけてGo for it!!!  


  • Posted by ゆっこ at 23:49Comments(0)つながり

    2011年09月20日

    「英語質問コーナー」ですっきりしよう!!

    現在、大学の先生と大学生、ドイツ滞在中レッスンをしていた大人の方、そして中学生に英語を教えたり、中学3年生と英語でcorrespondenceをしたりして、英語に携わっているが、日本にいても、ふと「こんな時には英語でなんて言ったらいいのか?」という疑問を持つことは外国語学習上とても大切である。

    外国にいる時は、実際に生活の場面があり、まさにその場でその国の言葉を耳にするので、イメージと表現が一致して、日本にいるときよりも言葉が身につきやすいという利点があるが、日本にいても「こんな時にどのように英語で表現するのか?」という意識を常にもつことは非常に重要である。
    是非疑問に思ったら、メモをしておき、後で辞書等で調べてほしい。でもそれが本当に正しい英語表現なのかを聞く場所があったらもっといいと思う。

    今までのいろいろな疑問を明確にしてそこからさらに発展させていくというワークショップは必要だと思う。
    実際にそのような「英語表現質問コーナー」を設けてほしいという要望もあり、10月22日の午後に1時間半ほどのワークショップを考えている。気楽に参加なさり、日頃のもやもやをすっきりさせていただけたらとてもうれしい!!
    ご興味のある方は、メールにでご連絡ください。
    yukomiura05@yahoo.co.jp  
    タグ :英語


  • Posted by ゆっこ at 23:45Comments(0)英語表現

    2011年09月19日

    時間に対して変わる気持ち

    いつも大体夕方6時ごろ愛犬ブラッキーと散歩に行くのだが、日ごとにだんだんと日が短くなってきているのを感じる。
    そしてふと自分の小学校時代に、自分の誕生日が11月なので日が暮れるのが早くて外で遅くまで遊べなくなってしまい、夏にお誕生日のお友達は長く遊べてうらやましかったことを思い出した。
    ドイツではそれこそ夏は夜の10時近くまで明るくて外でずっと過ごせる。ただ子供たちが小さかった時に夜10時前には寝かせたいのに外が明るくてなかなか寝なくて困ったこともあった。
    そしてドイツの冬は朝8時ごろまだ薄暗くて、子供たちは登校時に反射板の付いているコートや光るグッズを身につけていた。一番大変だったのは薄暗い中でお弁当を作ることだった。なかなか目が開かず、半分しか開かない目で卵を割ってお弁当の準備をしていたこともある。
    夕方はもう4時ごろ暗くなってしまい、外にいると気がせいてきて、早く家に帰って夕飯を作らなければと思ったりした。

    1日24時間なのだが、時間に対する気持ちが、子供の時と大人になってから、また季節、そしてどこに住むかによって、大きく変わる気がする。
    どちらにしてもその気持ちの変化を楽しむぐらいの余裕をもってこれからも時を大切に過ごしていきたいと思う。  


  • Posted by ゆっこ at 00:22Comments(0)

    2011年09月17日

    完璧な日本語?

    先日スポーツクラブで、以前会ったことのあるアメリカ人の女性とばったり会ったのだが、すっかり彼女の名前を忘れてしまい、もう一度名前を尋ねたら、「私のお名前は・・・・です。」という答えが返ってきた。
    もちろんコミュニケーション上は特に問題ないのだが、自分の名前を言う時には「お名前」とは言わず、「名前」ということを説明して訂正すべきがふと考えてしまった。
    私がアメリカ、ドイツにいる時は友達に、「私の英語(ドイツ語)が間違えていたら、直してもらうとありがたい!」と言っていた時期があった。最初のうちは友達たちも協力してくれて、私の言い回しや単語がおかしかったら直してくれたりしていたが、やはり大事なのは中身、内容ということで多少の間違えであればあまり気にならず、直してもらうこともだんだんとなくなってしまった。
    私がアメリカや、ドイツで日本語を教えていたときは、もちろん授業なので、生徒たちが間違えていれば正しい日本語に直すが、外国人の友達との会話では友達の間違った日本語を直してあげたほうがいいのか、またもし直すように頼まれたときにどの程度直してあげたらよいのかと考えてしまったことがあった。
    もちろん正しい言葉で話すにこしたことはないが、人によってはあまり直されるとやる気をなくしてしまうこともある。
    さらにコミュニケーションの内容より、言葉自体にに重きが置かれてしまい、完璧な正しい言葉を話そうと思うあまり、何も言えなくなってしまう場合もある。
    よく外国語を習う時、「もっとうまくなってから話す」とか「完璧でないから話せない」という方がいらっしゃるが、まずは相手とのコミュニケーションをとることが目的である。 言葉は手段であって目的ではない。 あまり言葉に神経質になるとかえって言葉の習得が遅れることもある。
    あくまでも外国語は外国語と割り切っていき、間違えたら、直していくというやり方でいいと思う。
    そのように考えると日本語を学ぶ外国人と日本語で話すとき、日常の場でも何度も同じ間違えをしているときには、直してあげることも必要だと思う。
    先日スポーツクラブで会ったアメリカの方もまた、同じ間違いをしているようならば、そっと正しい言い方を伝えてあげようと思った。  


  • 2011年09月15日

    魔法の言葉「ありがとう」

    今日、女性用のお手洗いで素敵な言葉を目にした。
    お手洗いのドアに書いてあった「きれいに使っていただいてありがとうございます。」という言葉だ。。それを見てとても素敵だなと思った。
    注意書きが書いてあるにしてもほとんどの場合、「トイレはきれいに使いましょう!」ぐらいしか目にしたことはない。
    このように「ありがとう」という言葉が入ると、気持ちよく使うことができる。
    ブラッキーを散歩しているときも「ここで犬の糞をさせないでください!」とか「糞は持ち帰りましょう」とか「犬の糞は飼い主の責任です」とか上から目線のものが多い。もしそこに「糞をもちかえっていただきありがとうございます!」なんという注意書きがあったら、もっと飼い主は気持ちよく協力するのではないかとふと思った。この「ありがとう」という言葉は、決して上からの命令口調の言葉ではなく相手を思いやり、感謝する気持ちを表す魔法の言葉だと思う。
    英語ではもちろん”Thank you!"ドイツ語では”Vielen Dank!”だが、本当によく耳にする。日本語では、「ありがとう」の意味で「すみません!」が使われることが多いが、私は、「ありがとう!」と言うようにしている。「ありがとう」といわれるととても素敵な気持ちになれると思うからだ。
    お店に入って、何も買わなくてもドイツの人は、店を出るときに”Vielen Dank!"とよく言う。パン屋さんでもお店を出るときにも「ありがとう」と言う。
    皆が「ありがとう」という言葉をたくさん自然に口にするようになったら、もっともっと潤いのある社会になるのではないだろうか。

      


  • Posted by ゆっこ at 21:11Comments(2)コミュニケーション

    2011年09月14日

    我が家の愛犬ブラッキーと私のeye contact!!

    我が家のドイツ生まれの10歳の愛犬ブラッキーは相変わらずマイペースだ。
    「脊髄症」を患っているが、ビタミン剤を毎日飲んでずいぶん元気になった。
    25キロの大きな体を揺らして散歩に出かける。
    散歩に行くといつも近くの公園の水飲み場に行きたがる。そこで水遊びをするのがブラッキーの日課だ。
    家から水飲み場に行くルートはいくつかあるのだが、その日の行き方はブラッキーが決める。
    その方法は、立ち止まって、私にeye contactをするやり方だ。
    ブラッキーのつぶらな(?)大きな瞳に見つめられると思わずいいなりになってしまう私だ。以前化粧品売り場で「目力」が大切で、「目力」を発揮する為の効果的なお化粧方法を習ったことがあるが、まさに目の力はすごいと思う。
    話すときでもじっと相手の目を見つめることにより気持ちが伝わる気がする。
    日本ではともすれば相手の目をじっと見て話すことは失礼と考えられ、相手の少し頭の上のあたりや額のあたりを見て話すように言われたことがある。外国では、目をそらして話すと真実ではなく嘘をついているようで、そこには信頼関係が築かれない。
    私自身は、eye contactはとても大切だと思うのだが、子供に「ママの目を見ていると吸い込まれそう!」と言われ、もしかして相手に脅威を与えているのかなと心配(?)になった。
    ブラッキーは目と目が合うと彼は私の目から、絶対に先に目をそらさない。確かに彼の「目力」が脅威!!に感じることもある。

    でもお互いのeye contactなしでは、信頼関係が生まれない。素晴らしい「目力」を持つブラッキーは私にとって信用のおける最愛の友達だ!!
      
    タグ :eye contact


  • Posted by ゆっこ at 22:56Comments(0)愛犬ブラッキー

    2011年09月14日

    カルチャークラブの逆上がり教室?

    今日、ジャズボーカルを習っているカルチャースクールの秋の開講講座の案内を見て唖然!
    なんと子供向けの逆上がりの教室があるのだ。数回のレッスンでしっかり授業料をとる。
    確かに私も小さい時なかなか逆上がりができなくて、父や兄にならった思い出がある。
    そして自分の子供たちにも公園で台を使ったりして家族で教えたものだ。

    今は、親や兄弟、友達から、ならうことが少ないのかな?
    確かに昔のように日が沈むまで缶けりや、鬼ごっこをしたりして外でおもっきり遊んでいる子供たちを見なくなった気がする。
    だんだん外で遊ばなくなり、それこそ公園で鉄棒遊びをすることもあまりなくなってしまったのかもしれない。
    それにしてもカルチャースクールで逆上がりを教える講座があるのには驚いた。

    また、秋の講座の中には、「運動会のかけっこ準備教室」なんていうのもあった。これは、秋の運動会に備えていかに早く走れるかを学ぶ講座だ。
    我が家の子供たちも運動会が近くになると、「早く走る術」の本を読んだりしていたが。
    こんなこともお金を払って学ぶ時代になったかと思うと少し違和感を感じる。
    自然の中で思いっきり体を動かしたり遊んだりして走る術を学んでいく気もするのだが・・

    ドイツにいる間、子供たちが小さい時、自然公園で馬に乗ったり、湖や沼で泳いだり、森で木登りをしたり…身近なところにたくさんの自然があった。夏休み中には、何台も自転車を積んでいるキャンピングカーを目にした。
    自然の中で遊び、自然と触れ合うことによって、体は作られていく気がする。
    今の東京は、私の子供のころと違って、ずいぶん自然が少なくなってしまったが、公園で遊んだり、友達と鬼ごっこをしたり、缶けりをしたり、いくらでも遊ぶことはあると思うのだが。
    お金を払って「早く走る方法」を学んだり、逆上がりを学ぶのは、なんだが奇妙に感じるのは私だけだろうか?


      
    タグ :ドイツ


  • Posted by ゆっこ at 00:59Comments(0)つながり

    2011年09月13日

    ケーキに刺さった大きなフォークにびっくり!!

    ドイツに行っていつもびっくりするのは、注文したケーキの側面に大きなフォークが刺さって出てくることだ。
    始めてみたときには、「このケーキ屋さんは面白いケーキの出し方をするなあ。」と思ったが、ドイツに10年いる間に何度も目にする光景だった。
    それもカジュアルな雰囲気のケーキ屋さんだけかと思ったら、一流ホテルのカフェでも高級レストランでもそのような出し方がされていた。
    日本の小さなケーキとケーキ用の小さなフォークをイメージしていた私は、いつもそのドイツ式ケーキの出し方に驚かされていた。
    今回も夏にドイツに行ったときに、ケーキをいただいたのだが、やはりそうだった。しばらく日本式のケーキのサーブのされ方に慣れてしまっていた私は、またまたびっくり!!

    さらに面白いことといえば、、昨日ドイツ人と一緒にBauerntopfという野菜とひき肉の煮込み料理を作る機会があったのだが、彼女がジャガイモを洗わないで皮をむいてから小さく切って、それから洗ってお鍋に入れると聞いてびっくり。私たちは、多くの人がまずは野菜類を洗ってから、皮をむいて小さく切ると思うのだが・・・・彼女が言うにはどうせ切ってから洗うのだがら、皮をむく前には洗う必要はないとのこと。なるほど・・・・・

    そしてもう一つおかしかったことは、ニューヨークにいる時にアメリカ人のお友達の家に招待された時のことである。
    トイレットペーパーが終わってしまったので、新しいロールを入れたのだが、日本式(?)に手前にロールが回っていくようにセットしたら、アメリカ人の友達から、「セットの仕方が逆よ。」と言われびっくり。つまり、彼女は奥のほうから、ペーパーを引き出す形でセットするというのだ。このやり方だと私にとってはかなりペーパーが引出しずらい。

    このようにほんとちょっとしたことでも国が違えばいろいろな違いがあることがわかる。もちろんこれは個人的なもので、ドイツ人だからとかアメリカ人だからとは言えないかもしれないが…日本の人だって皆個人差がある。ただフォークの刺さったケーキは常にドイツで目にしたものだ。

    これだから新たな発見!!のある異国への旅はやめられない!!

      
    タグ :ドイツ


  • Posted by ゆっこ at 00:03Comments(0)ドイツと日本

    2011年09月11日

    ドイツで見る空、月、太陽!

    今までに何度も日本とドイツを行ったり来たりしてきたが、フランクフルト空港から外に出てまず感じることは、空がとてつもなく大きく一面に広がっていることだ。
    「空ってこんなに大きくて広いんだ!」とまずは驚く。
    大きな空いっぱいに広がったいろいろな形の雲。想像力を働かしてみると動物に見えたり、人の顔に見えたり・・・・
    とても楽しい!!

    そしてそれが夕暮れ時だと太陽が沈む時に空がオレンジ色に染まり、大きな太陽が沈んでいくのが本当に美しい。思わず見とれてしまう。

    空を眺めて楽しむことは、あまり東京ではしたことがない。東京の空はなんだか小さく感じる。

    また、ドイツにいる間に感じたことは、月明かりの明るさだ。ドイツにいるときには、寝室から月が見え、月明かりで部屋が照らされ、その明かりがあまりに明るくて驚いたことがある。
    また家から駐車場に行く間、街灯も何もないのだが、月明かりで道が照らされていて十分明るかったのを覚えている。

    また、ドイツでふと寂しくなったとき太陽を見ると日本にいる家族も友達も今私が見ているのと同じ太陽を見ていると思え、いつもとても安心できた。日本とドイツと住んでいるところが離れていてもみんながつながっている気がして本当に勇気ずけられた。

    東京に戻ってきてから、一面に大きく広がった空や沈んでいく美しい太陽を見ることは少なくなったが、毎晩愛犬ブラッキーと一緒に美しいお月様を見ている。

    お月様をみていると気持ちが落ち着き、みんながどこに住んでいてもつながっている気がする。

      
    タグ :ドイツ


  • Posted by ゆっこ at 00:58Comments(2)ドイツと日本

    2011年09月09日

    音楽のあふれる街Kilkenny(アイルランド)を旅して!

    今年の夏は、以前から行きたかったアイルランドを旅してきた。
    以前テレビで日本からアイルランドを訪れたバイオリニストが、街角で知り合ったフィドラーと仲良くなり、一緒に協演するという番組を見たことがある。
    そのアイルランドの男性は、普段は、牧場で働き、音楽に親しみ、好きな時に仲間と一緒にカフェやレストランに集まり、フィドルを弾き楽しんでいる。
    そしてカフェにいる周りの人々も手足でリズムをとったり、踊りだしたり、実に楽しそうにその演奏を楽しんでいるのだ。
    楽器を弾く人も周りの人も自然体で音楽を楽しんでいるのはとても素敵なことだと思った。
    そしていつか私もそんな音楽のあふれる街に行ってみたいと思っていた。
    今回のアイルランドの旅で、Kilkenny という街に行ったがこれこそまさに音楽のあふれる街だった。夜食事に出かけたとき、街角から、音楽が聞こえてきた。それも一か所だけでなくいくつも。生演奏だ。色々なジャンルの曲が聞こえてくる。
    中をのぞいてみるとフィドル、バイオリン、ギターなどあらゆる楽器を使って演奏している。そこでは、食事をしている人、踊っている人、体でリズムを取って、演奏を楽しんている人・・・
    ごく自然に人々は、音楽を楽しんでいるように見える。
    私もなんだか気持ちがウキウキしてきて体まで軽くなった気がした。
    街のあるゆるところから様々な音楽がながれてきて、音楽が街中あふれている。
    高いお金を払ってちょっとあらたまった気分でコンサートに行くのもよいが、Kilkenny の街のようにもっと自然体で生活の中で音楽を楽しむことができたらと思う。  


  • Posted by ゆっこ at 23:51Comments(0)日本と外国

    2011年09月07日

    犬に触ることも許されない子供たち!!

    今日、愛犬ブラッキーと近くの公園を散歩中、保育園児たちが先生と砂場で遊んでいた。そのうちの男の子の一人がブラッキーを見つけて触りたがっていたので、ブラッキーを座らせて「触ってもいいよ!」と言ったら、そばにいた先生が「触ってはいけないことになっているんです。」と申し訳なさそうにおっしゃった。
    理由を伺うと子供にアレルギーがある場合もあり、まだ検査をしていないからということだった。
    いわゆる「犬」や動物に対するアレルギーなのだろう。
    ドイツにいるときは、こんな経験をしたことはなく子供も大人も皆ブラッキーの頭をなでたりかわいがってくれた。
    私自身も子供の時、犬が大好きで毎日のようによく近所の犬のいる家に遊びに行ったものだ。
    犬や猫などの動物の触れ合いができない子供時代というのはなんだか寂しい気がする。

    また、このことにも関連することだが、日本は本当に抗菌・除菌グッズのあふれている国だと思う。
    抗菌用の石鹸、除菌のハウスクリーナー、消臭スプレー、そして先日びっくりしたのは、「抗菌」とエスカレーターの手すりに書い
    てあるのを見つけた時だ。
    ドイツではここまで除菌・抗菌グッズを目にしなかった。清潔にこしたことはないが、あまりに度を過ぎて神経質になるのも考え物だと思う。それこそ何も触れなくなったり、口にできなくなったりするような気がする。
    これからもますます抗菌グッズが増えていくのだろうか?なんだか恐ろしい気もする。
      


  • Posted by ゆっこ at 23:16Comments(2)つながり

    2011年09月07日

    勇気をくれたイタリア人の友達

    ドイツにいた時に、子供がインターナショナルスクールに7年間通ったが、その時に素晴らしいイタリア人女性と知り合うことができた。
    彼女とは、子供同士が同じインターの学年ということで知り合った。初めて会ったときは、彼女はほんの片言の英語しかできなかった。ところがとにかく積極的でいろいろなインターの保護者の集まりに参加していた。毎回片言の英語を使って一生懸命質問したり、自分の意見を述べたり・・・本当に前向きで明るい女性でとても好感を持った。
    そして知り合って1年後には、彼女はなんと学年の保護者代表に立候補したのだ。
    代表者とは学年のまとめ役で先生との連絡を取り合ったり、重要な連絡事項をメールで保護者に送ったり、大切な仕事だ。
    ある日彼女から、連絡事項の長いメールが来たのだが、イタリア語交じりの英語で、文法的にも文章になっていなかったりで、あまりよく理解できなかった。それでも彼女の英語力よりむしろ彼女の積極性を本当に素晴らしいと思った。
    ドイツのインターには英語が母国語でない国の人がたくさんいて、中には英語が不得意の保護者もいらしたが、彼女のような存在は、私も含めて多くの人たちに本当に勇気を与えてくれた。それからは英語が母国語でない様々な国の方たちが、積極的に学校の行事にかかわるようになった。

    7年後の卒業の時には、彼女の英語は本当に素晴らしいものになっていた!!!
    「英語ができないから」とか「自信がないから」ということをよく聞くが、まずは勇気を出して一歩ふみだしてみると世界は広がっていくと思う。
    私自身もドイツに行ったときに全く言葉がわからず不安だらけだったが、イタリア人の彼女と知り合ってから、私も勇気を出してドイツ人社会に入っていこうと思った。そして下の子がドイツの小学校に入学したとき、保護者会でドイツ語で「私も子供と一緒にドイツ語を勉強していきます!!」と片言のドイツ語であいさつしたら、拍手喝采されその時とてもうれしかったのをおぼえている。
    そしてそれから9年後、子供の学校仲間のドイツ人保護者の方に「ドイツ語じょうずになったね!
    あなたはドイツ語もあまり知らないのに子供をドイツの学校に入れるなんて勇気があると思う。」と言われ、感激した。

    言葉があまりできなくても勇気を出して思いっきり知らない世界に飛び込んでみることも大切なのではないだろうか。
    もちろんまわりの人のあたたかいサポートもとても大切だ!!  


  • Posted by ゆっこ at 00:26Comments(2)コミュニケーション

    2011年09月06日

    10年ぶりに帰った日本で1年過ごして。

    10年ぶりに昨年の夏にドイツから帰国してまる1年たった。
    夏、秋、冬、春とすべての季節を過ごして今ほっと一息ついている。10年いたドイツでも5年過ごしたニューヨークでもそうだったが、まる1年たち、一通り、すべての季節を過ごすと何となく安心するのである。なんとなく事の流れがわかったような気がするからだ。
    外国と違って生まれ育った日本なのに、やはり10年ぶりに帰ると勝手が違って上手く事がスムーズに運ばないということが何度もあった。帰国したばかりのときは、買い物、電車やバスに乗ること、携帯を使うこと、役所での事務的な手続きなど日常的なことに戸惑いを感じることがあったり、敬語の使い方がうまくいかなかったり・・・
    なんだか日本人なのに外国人のような気がしたり・・・・1年たった今でもどうも日本的なことに興味があるようで、先日友達といった問屋街でも日本の美しい和紙や和食器に目がいってしまう。また、日本の祝日や習慣なども忘れていて、お盆休みに個人病院などが休みになることなど全く頭になく大変困ってしまったり、食事をした後テーブル席でお勘定をしようとしたり・・・
    やはり身についてしまった習慣、生活スタイルは母国に帰ってきてもなんとなくしっくりするまで時間がかかるようだ。

    日本に帰り、感じることは、四季おりおりの美しさ、気配りの細やかさ、便利さ、几帳面さ。
    でもどっぶり日本の生活につかり、慣れてしまうことには少し怖さも感じる。なんだか緊張感がないような気がする。つまり温室の中にいるようで、張り詰めた空気を感じない。
    この1年の間に冬と夏に海外に出たが、海外に出ることによって、心地よい緊張感を感じる。そして日本を外から眺めることによって、日本をもう一度見つめなおすことができる気がするし、少なくとも日本のことをもっと知りたいと思うようになる。
    これからも日本の生活に順応しつつ、温室の中にどっぷりつかり過ぎず、日本という国を外から客観的に見ながら過ごしていきたい。

      
    タグ :日本と外国


  • Posted by ゆっこ at 00:24Comments(0)ドイツと日本

    2011年09月04日

    我が家の愛犬ブラッキーから学んだこと

    我が家の愛犬ブラッキーはドイツのマールブルグという小さな町で生まれたボーダーコリーだ。10歳までドイツにいて昨年7月に日本にやってきた。
    ドイツでは、ライン川の川べりを吠えながら走りまわることとサッカーボールで遊ぶことが大好きだった。
    昨年の夏に日本にやってきたブラッキーは相変わらず水遊びとサッカーボールが大好きで、近くの川や公園の水飲み場で遊んだり、野原でボールと一緒に遊んでいた。
    ところが2か月ほど前から、少し歩行がおかしくなり、後ろ足を引きずるように歩くようになり、病院に行ったところ「脊髄症」と診断されてしまった!
    それでも薬をのんだり、散歩中も急な坂や階段を避けてのんびりした散歩を心がけているうちに症状もだいぶ良くなり今でも、ビタミン剤をのんでいるがずいぶん元気になった。それでも10歳という年齢もあり、最初は、元気に急ぎ足で歩くのに帰りは疲れてしまい歩き方もよたよたとゆっくり。

    それが不思議なことに、公園の水飲み場に行くと今までよたよたと歩いていたブラッキーが突然元気になるのだ!!大きな瞳がさらに大きくなり、顔まで老犬が若い犬に見えてくるから不思議!!
    昨年の夏も暑くてグロッキー気味なブラッキーが突然公園で遊んでいる少年野球のグループを見つけ、ものすごい勢いで走り出してしまったことがあった。あまりの勢いで走り出したので首につけていたリードも外れてしまい、ブラッキーはなんと野球チームの中に入りボールを追いかけていた。その時は、監督さんや子供たちの助けをかりてやっとブラッキーをつかまえることができたのだが。
    そしてその帰り道、その光景をみていたある方から、「同じ犬ですか?」と聞かれた。つまり、野球チームの中でボールを追いかけて元気いっぱいに走り回っていた犬と今よたよたと坂道を歩いている犬があまりにも違ってみえたからだ!

    ブラーキーは今でもどんなによぼよぼ歩いていてもボールを見つけたり、水遊びをするときは、途端に別の若い犬のように元気になる。とにかく目がきらきらと輝きだす。そして体の動きも機敏になり体中から、エネルギーが出てくるようだ!

    これは、人間にも言えるのではないだろうか?どんなに年をとっていても自分の大好きな世界に自分を置けば途端に元気な自分になれる、そんな気がする。生きる活力というか、ほとばしるエネルギーが湧き上がってくる気がする。
    人間が年を重ねていくときに自分が元気になれる世界をたくさん持っていることはとっても大切だと思う。生きる力をあたえてくれる。ブラッキーを見ていてそう思う。
    ブラッキーありがとう!!素晴らしい事を教えてくれて!  
    タグ :愛犬


  • Posted by ゆっこ at 00:07Comments(0)愛犬ブラッキー

    2011年09月02日

    「異文化」との対話-セミナーに参加して

    先日東京女子大学主催の「日本の中の異文化コミュニケーション」という夏期講座に参加した。

    1回目は「日本語社会の異文化を考える」というテーマで、日本の国内でも性別、年齢、出身地域によってものの考え方や行動パターンが異なることが取り上げられた。
    「異文化」というとすぐに国や言葉が違う外国を思い浮かべるが、確かに同じ日本人と思っていてもいわゆる「文化の異なる」人たちがいるということを改めて認識させられた。特に興味深かったのは、アメリカでも日本同様に男女間で「異文化」的な要素があるというお話だった。
    男性は、どちらかというと問題の解決を第一に考えるのに対して、女性は相手との共感を第一に考えるため、そこでお互いにうまくコミュニケーションがとれないことがある。
    これは、国や言語の違いを超えて、男女という性別間にも異文化があることの例としてあげられた。

    そしてこれらの異なる文化をもった相手により、ともすれば、戸惑い、誤解、摩擦などが生じることがあるが、「想像力」と「柔軟性」を持ち、違いをむしろ楽しみ、互いに居心地の良い着地点を探してすり合わせていくのがコミュニケーションの醍醐味というお話だった。

    もちろんこれは外国人とのコミュニケーションでも言えることだと思うが、違いを知りそれを柔軟性を持ち楽しみ相手との接点を見出す努力をすることが必要だと思う。

    2回目の講座は「子供の異文化コミュニケーションと教育」というテーマで、異文化と接触しながら育つ子供たちの教育についてのお話だった。
    この中でも異文化接触によっておこる摩擦や葛藤を調整しながら、対等な立場に立って、協働的に問題を解決していくことの大切さが指摘された。
    実際にそのような理念に従ったグループ学習が必要なことも言及された。
    異文化の違いを知識として知るだけでなく、対等な立場での対話の能力養成が必要だというお話だった。まさに同感である。

    今の日本のカリキュラムでは、そのような学習をする場があまりないと思う。今は、小学生から英語が導入されて国際理解がうたわれている。世界には、違う文化があることを知ることも重要だし、言語能力を養成することも大切だと思うが、むしろこれからは対話能力が求められていると思う。
    相手を理解し、共有点、接点を見つけようとする心を双方が持てば、そこに素晴らしいコミュニケーションが生まれるはずだ。
    そのためには日本人や外国人を問わず、自分と異なった考え方や、価値観、行動パターンを持った人に接する機会を多くもつことが必要だと思う。
    私もこれから様々な異文化の人々とのコミュニケーションを、「想像性」「柔軟性」を持ちながら、おおいに楽しんでいきたい!!


      


  • Posted by ゆっこ at 23:55Comments(0)コミュニケーション

    2011年09月01日

    日本と外国の気配りの違い

    本当に久しぶりにブログを書く。8月には、ドイツとアイルランドに行き気持ちをリフレッシュしてきた!!また新たな気持ちで日本での生活を送っていこうと思う。

    ところで日本帰国後1年たってもまだ違和感があるものがある。それは、美容院に行ったときにシャンプー台で顔にかけられるタオル!そして先月歯医者さんに行ったらやはり顔にマスクのようなものをかけられ、びっくり!!!
    美容院の場合は、水が顔にかからないようにとの配慮だと思うし、歯医者さんでは、歯の治療中に何か顔に飛んだり水がかかったりしないようにとのことだが・・・・

    私としては、むしろ顔を覆われると落ち着かないし、第一息苦しい!!
    考えようによっては細かなところまでの気配りであろうが不自然な気がするのはわたしだけであろうか?

    ドイツでは、美容院のシャンプー台でも歯医者さんでも顔を覆われることは全くなかった。

    細かな気配りといえば、ドイツやアメリカの歯医者さんでは皆治療室は個室で、もっとプライバシーがあった。日本の場合は、治療台が仕切りもなく並んでいてみなほかの患者さんと先生の話が筒抜けだ!!歯医者さんならまだしも、内科でも個室がなく他の患者さんに聞こえてしまうような個人医院があった。さらには、以前行った耳鼻科は、診察台の横に、順番を待つ人が座る長椅子があり、びっくりした。
    患者にとって先生との話はプライべートなことでほかの人には、聞いてほしくないものがある。少なくとも仕切りや個室などで気兼ねなく先生と話せる空間がほしい。これこそ大事な気配りだと思うのだが。

    細かいところまで気配りのある日本だが、私としてはもっと違ったところで気配りがほしい。  


  • Posted by ゆっこ at 23:44Comments(0)日本と外国